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小説家になるには?

夢を追いかけている人のためのブログです 小説の創作方法や文章の書き方などを考えていきます

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今回でシリーズ最終回です。
ブログを書く時間を設けたのはよいのですが、ネタを考える時間がないので、その辺はどうにかしないといけないかもしれません。

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4.小説を書くための読み方
(1)読めれば書ける
小説の観賞は時間の推移とともに進む。
一行目から順番に読まれなければ、正当な鑑賞ができない仕組みです。

読む行為が、いつの間にか書く行為になっているような「読み」、これが「正しい読み方」です。

読者による自由な読みは、作者が意図した以上のものが作品に付与されます。

書き手を目指すなら、己を排して、表現に忠実な読みを心がけるべきです。

「はずれた経験」は、イコール「書く訓練」でもあります。

(2)読解力とは?
読める人というのは、絶えず疑問を持つ読み方をします。

情報の不足に気づき、それを埋める文を追いかける作業、それが「読む」ということです。

表現を徹底的に削り、削ったぶんは読者の想像力にゆだねる。
「書くことの極意は、何を書くかえはなく、何を書かないかにある」

「文は最後まで読め」
日本語の主述関係の形式を、その都度身体化することができる。

目ではなく耳によって鍛えられるものです。

5.小説とのつき合い方
(1)小説はいつ書くか
いかに短い小説だろうと、「次の一行を書くこと」なしには完成しません。

たとえ一行であっても、毎日書くほうがいいに決まっています。
書く時間帯だって、決められるならそれに越したことはありません。
小さな歩みを規則的に積み重ねることです。そうすれば、小説は必ず書けます。

枚数制限と〆切がなければ書けない、というあれです。
あえて三ヵ月と決めてみる。すると、不思議なことにちゃんと三ヵ月で仕上がるものです。
枚数と〆切を決めるというのは、「次の一行」へ向かわせるモチベーションを上げるための装置です。

(2)書いた小説はどうするか
一文、一文手を抜かず、それこそ彫刻を一彫り一彫りするようにすすんでいく。
必ず前の日に書いたものを読み直して推敲し、ある程度納得したうえで進む。

推敲には、「醒めた目」が必要なのです。

応募は書くことの強い動機づけになる。これが最大のメリットです。

おわりに
どんな人間からだって、美点は引き出せます。
悪を描きながら、同時に人間への賛歌をうたい上げることはできるのです。

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『文才がなくても書ける小説講座』の要約の続きです。
ノートに書いたのが一年くらい前でしょうか。

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3.小説を書く
(1)小説ができあがる仕組み
当人といえでも意識的にはまず結びつくはずもないあちこちの記憶と結びつき、化学反応のようなことを起こし、それまではなかったあらたな記憶を作り出してもくれる。
書くことの中には捨象と同時に、必ず「創作」が入り込む。
書くことがまさしく酩酊状態に身を置くことだから。

二次的な記憶を意識へと浮き上がらせる。
小説を書くうえでは、じつは間接体験から来る二次的な記憶こそが重要なのです。
「言語化された体験」によって得た記憶。小説を書く段になって大いに活躍するのは、この手の記憶です。
小説を書くのに波乱万丈の人生は必要ありません。それは映画を見ることで十分に補うことができます。小説を書くには、何をおいても小説を読むことです。
小説を生み出す精神は、人間への関心、つまりは、その「秘め事」を覗き見ようとするところにあるからです。

映像を写し取る。描写に徹する。これは説明を極力排するということです。
小説は「説明・描写・会話」の三つから成る。読者の「頭」ではなく、「心」に訴えかけることを旨とするジャンル。
説明されて「わかる」のではなく「そこはかとなく感じたい」のです。
特に心理を書くときには、説明によらず描写によってやってほしい。
説明がないからこそ、読者はそこから何事かを読み取ろうとする。
言葉→〈目に見えないもの〉を写し取るのが得意。
芸術は得意分野ではなく、不得意分野に挑む営為です。
小説家は〈目に見えるもの〉をあえて言葉によって描くのです。
描写の場面こそは、小説家の、芸術家としての力量が試される場といえます。

・三つのタブー
接続詞は乱用するとかえって意味がとりにくくなります。
文章の緊張感とも関係し、接続詞を省くことで予断を封じられます。
指示語の多用は、バタ臭い日本語ができあがってしまいます。
副詞……言葉というものは上塗りをすればするほど、色彩はぼやけていくものです。

「展開」だけは欠かしてはなりません。「展開」とは、読者の視座が変化するための工夫です。
小説には世界を反転させ、価値を転覆させる力があると信じればこそ、読者は虚構と知ってその物語に身を侵すのです。

(2)小説の表現
書き手は書いてしまったことの縛りを受けます。
「こう書いた以上は、次にこう書かないとまずいよな」
言葉はまったくの自由の中では飛翔しません。「枷」をはめられて、はじめて創造の翼を広げるものなのです。
①同語反復
②不必要な並列
 くどい印象を与え、正確さも伝わりません。
③自己解説
4⃣独りよがり
 説明は控えろということでしたが、説明不足も問題なのです。
⑤分の成分の欠落
 目的語をいちいち明記すれば野暮ったくなりますが、絶対に落とせない言葉はあります。
⑥言いっぱなし
すぐれた小説に無駄な言葉は一つもないという話です。
文というものがすべて、ほかのどれかと有機的に結びついている。他のどれとも関係しない文というのは原理的にあり得ない。
伏線は事前に用意されるというよりは、事後、その役目を負わされると言ったほうがよいのです。

大胆にはしょった文章、時間的にも空間的にも密度の濃い文章、両方なくてならないのが小説。

あることを語るときに、それを急いでやらない。
①話にリアリティーを持たせる
②「小説内の時間の流れ」を読者の頭に定着させる
〈あらすじ〉と違って、そこには読者が考えたり、たたずんだり、主人公の周辺へと想像を巡らせたりする時間が生まれます。
主人公に感情移入できるかどうかが、主人公が小説内を生きる時間の速度に、読者が共鳴できないことのほうが原因として大きいのではないでしょうか。
「必要な過去」は描くべきですが、回想シーンばかりに時間を割くようなら、そのものを小説にすべきです。

「善人」を最初は歓迎しても、胡散臭いだの人間味に欠けるだのと言って、必ず批判を始めるものです。
問うべきは、主人公ではありません。描く書き手本人です。
書き手がそれを描いている自分を疑わないなら、読者はそれを見抜いてたちまち心をこわばらせてしまう。
「主人公を突き放せ」というのは、「書き手自身が自らを突き放せ、壊せ」ということです。
既成の価値に意義を唱えるのが小説と決めてしまうなら、これも問題です。反社会という「類型」に落とし込まれてしまうからです。
主人公を他者との関わらせることは意外と困難です。
見合うだけの内面や行動が描かれなければ、「無口な傍観者」へ落ち、主人公としての資格はありません。

(3)小説の技
「曰く言い難い微妙なニュアンス」を伝えるのが比喩の仕事です。また、「物語全体のムード、背景を伝える」という働きがある。
比喩が図らずも担う役目には意識的であるべきです。

悲しみを描こうとして、悲しいエピソードで塗り固めれば、読者は悲しくなるかと言ったら、それは違います。

説明に寄りかからない「小説の言葉」というものはあります。
説明的な要素はいっさいない、そういう記述にこそ小説の読者は敏感に反応し、信用していく。

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『文才がなくても書ける小説講座』を読むと、大変面白かったので、大事な箇所をノートに書き写してみたことがあります。
その内容を復習も兼ねて、ブログに書き写してみようと思います。

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1.書くことのメカニズム
(1)書くということの即物性
書くことの根幹にあるのはたった一つの原理、書くということは、不足を埋めていく行為。
不足を埋めれば新たな不足が生まれ、それを埋めれば、また不足は増えていく。
必要なのは不足を見きわめる目と、それを慎重に埋めようとする論理の働きです。
書くことは、私たちが思う以上に即物的な行為なのです。

情報を埋めようという即物的な作業の中で、文章というものは形づくられていきます。
書きながら睨むべきは、それまでに書いた文章です。
ひらめきなどではなく論理なのです。「こう書いた以上は、次にこう書かないとまずいよな」

(2)書くことで見えてくるもの
不足を埋めるという事柄を矛盾なくつなぐことだと言いましたが、その結果として必ず予想もしなかったことを書き始めます。
文章は目的をもって書かれます。はじめに想定していたのとは違った方向に筆は進んでいくものです。
書くことで不足の情報が明らかになり、書くべきことがより精密に見えてくるからです。

書きたいことがない。これはむしろ普通のことです。
書き進めるうちに、小説のテーマは広がり、あるいは縮みもします。
小説世界は必ず予期せぬほうへ進んでいくのです。

重要な問いは、書くのか書かないのか、ということに尽きます。
書くべきことはなくてよいのです。書くからこそ、それが徐々に見えてくる。
見切り発車を、今すぐにでもすべきです。設計図を完成させてから取りかかる建築とは、まったく別の仕事なのです。
でまかせの一行でいいから書いてみる。それができる人は、きっと小説家になれる人です。

2.小説とはなにか
(1)虚構がもたらす真実
隠すことに、小説の話法の秘密があります。小説は押しつけを嫌うのです。
隠すことで、探すように仕向ける。決して無理強いはしない。これが小説の話法です。
いくら探しても「掴み得ぬもの」は残るもの。小説の感動とは、そうやって生まれます。

小説とは、心を震わせるもの。作者のたくらみが、読者から感動を引き出す。
伏線とは
①文章を、平板なものから立体的なものに変える
②読者の想像力を刺激し、単にわかるという次元ではなく、より深い納得へと読者を導く
③読者の注意を喚起し、読みに推進力を与える
「おや?」が読みに推進力を与える。
どこにも書かれていないことが、伏線に気づくことによって見えてくる。
情報を適正に与えられないまま、どんでん返しだけを見せられても、読者は納得しません。

文学は隠すことを旨とします。そうしなければ真実を伝えられない。
事実や現実は、「真実」という言葉からは、一番遠い言葉です。
文学とは、「現実を笑い飛ばすもの」事実や現実はこの世の中でますます僭主化してしまう。
事実や現実にひれ伏していては、尊厳を保つことも、生きていくことさえもできない。
小説の価値は作り物であるところにある。
”人間にはそういうこともあり得るのだ。あっていいんだ”小説が目指す真実とはそのようなもの。
あり得べき姿を目指して大きく飛翔する場。それが小説世界です。
結果的には、小説はだめな人間ばかりを描くことになる。生の本質は矛盾であり、人間の本質はその矛盾に抗うこと。
矛盾に満ちた生をまっとうしようとするとい、不格好な姿を見せ、私たちは小説の人物に共感を抱く。

(2)文学としての小説
言葉の三つの働き
A.意思や情報を伝える
B.ものごとを認識する
C.ものごとをあらしめる
人間は言葉を通してはじめてものごとを認識する生き物です。
言葉がなければ、人間はものごとを認識することができない。
文学の仕事とは、これまでにはなかった未知の感触を、新しい言葉遣いによって、この世にあらしめることにほかならない。

認識の簡便化を図ろうと、言葉自体も簡便化するという現象が起きます。
こういう作用を「自動化」といい、類型的な言い回しはそうやって生まれます。
類型的な言葉遣いから脱する試みを、「異化」といいます。
小説は言葉による「異化」作用を、必ずどこかで追及するものです。類型的な言い回しこそ疑うべきです。

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岡田斗司夫さんによる、ノート術といったところでしょうか。

本書の中で、天才の定義として、発想力、表現力、論理力の三つが優れた人間を指しています。
この三つの力を鍛えるのが、スマートノートなんです。

方法としては、毎日見開き一ページを使います。

1.5行日記(行動記録)
毎日ノートを書く癖を身に付けます。
これならば、1分から2分程度でできるでしょう。
前に習慣化の方法で語ったように、小さく始めるのは習慣を身に付けるのに有効です。

2.今日はどんな日(行動採点)
五行日記で書いた行動に対して、五段階で採点します。

3.毎日いち見開き(論理訓練)
右ページを言語化、論理、プレゼンを書き、左ページは連想、発想、クリエイティブなことを書きます。
論理を上下、水平方向に考えるというのが大事です。
「なぜ?」「ということは?」「時間をさかのぼる」「類似と連想」「私は今、こう考える」といった、思考の深め方が大事です。
左ページは、右ページの続き、図解や要点などのまとめページ、面白いこと、ホワイトボードなど、そういった使い方が示されています。

4.見せてお話(表現訓練)

5.臨海突破(脳内リンク開始)

6.知識→教養→見識(統合)

7.世に出る(私によれば世界は)

実は、私もスマートノート書いてます。
16冊くらいになりますね。
この本書の通りに活用できているかというと、かなり怪しいです。
ほとんど行動記録に終始している日もあれば、日付と仕事の有無だけ書いて真っ白なページもあります。
多分、読んだのが一年以上前なので、内容を忘れているのもありますね。
ただ、普通に日記として振り返るのも楽しいですし、ノートを書いていると直近一か月とか読み直しても、いろいろなことをしているなと感心させられますね。

アマゾンプライムに入っていたら無料で読めますから、興味があれば読んでみてください。

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部屋が散らかって乱雑な状態だと、精神的にも身体的にも悪影響がありますよね。
何か作業をする際にも、散らかった部屋が目に入ると集中力が削がれるといわれています。

部屋を片づけたいのに、片づけられない方に、おすすめの一冊があります。

○『人生がときめく片づけの魔法』 著:近藤麻理恵

「一度片づけたら、絶対に元に戻らない方法」と最初のページに書かれてあるのは、片づけのプロである著者の矜持を感じますね。

片づけに必要な作業は「モノを捨てること」と「収納場所を決めること」の二つだけと言い切っています。

片づけは祭りで、毎日することではないとあります。
一気に、短期に、完璧に、まずは捨てるを終わらせるのです。
場所別でなく、モノ別に片づけます。
捨てる順番は、衣類、本類、書類、小物類、最後に思い出の品というのが作者の経験則なのだそうです。
捨てる基準は、ときめくかどうか。
ときめくモノだけを残したら、あとは全てのモノに定位置を決めるだけです。

片づけが趣味で、仕事にまでしてしまった稀有な人のエピソード集と読んでも楽しめるほどに、独特で面白いです。



この本を読んで私の部屋が片付いているのかと訊かれると、物が溢れていて片づけたいといつも思っているんですよね。でも、本書を読んでいなかったら、もっと酷いことになっているのは確信できるので、やはりおすすめの本です。
片づけという祭りに二の足を踏んでいる思いがあるので、本を紹介した責任も兼ねて、今度の土曜日に片づけをしてみようと思います。

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何かを成し遂げようとするには、どうしても時間が必要ですよね。
誰だって一日は二十四時間しかないので、時間を確保するには、やるべき事柄を習慣にして毎日やるのが良いでしょう。
つまり習慣化の仕組みを知ることが夢を叶えるためには必要なことなのです。

習慣化の本はたくさんあるでしょうが、私の読んだ本の中では、この本が一番なので紹介させてもらいます。
続かず、三日坊主になるのは理由があるのです。
私達には変化を嫌い、現状を維持しようという心理が働いているのです。
習慣を身に付けるには、三つの期間が存在します。

1.反発期
2.不安定期
3.倦怠期

1.すぐやめたくなる期間です。
習慣を身に付けようとする人が一番躓くのがここです。
対策としては、予定している習慣よりも小さく始めてみることです。
面倒にならない程度に記録を残していくことも、問題に気付け、やる気があがるので、是非やってみてください。

2.予定や人に振り回される期間です。
時間、やり方、場所を決めて、パターン化してしまうのが有効です。リズムがついて、忘れにくくなります。
例外ルールを作ることも、対策になります。体調、天気、予定などにより、習慣が続けられない時もあるでしょう。そんな時は、量を減らす、別の日にする、やらない日に決めるという選択肢も考慮してみてください。
やる気を出すためのアメとムチといった、継続スイッチを用意することも続ける仕組み作りには効果があります。

3.徐々に飽きてくる期間です。
パターンやルールを安易に変えず、内容や環境を変えて、変化を付けてみる
次の習慣を計画してみると、今の習慣が通過点に感じられて楽になります。また、次々と習慣を身に付けることで、習慣化の力が手に入ります。

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昔、三作ほど小説を書いたことがある

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